孤高の背中 伝統と技術を紡ぐ 左官職人・藤本敦
縄文時代からあるといわれる左官の技法。しかし現在は工業製品で代替され、伝統ある技法と丁寧な仕事を受け継ぐ者はわずか……。「この世界を知ったからには極めたい」という想いにかられる左官職人の世界を紐解きます。
守らなければならないものに魅せられた、ある一人の男性の半生
壁美師・藤本敦。彼は、伝統ある技法ができる数少ない左官職人のひとり。高校卒業と同時に父が営む「藤本左官」で働いていましたが、自分には知ることのない『左官の上の世界』があることが判明。ひとつのことを極めたい性分の彼は「知ってしまった以上、一回見てみたい」と、上の世界に通じる道を探し始めます。
21歳のとき、兵庫県淡路島に左官名人と呼ばれる人物がいることを突き止め手紙を投函。その手紙をきっかけに、日本古来より伝わる土壁の左官仕上げの技術を守り継承している三重県四日市市の会社を紹介され、『左官の上の世界』の中に身を投じることになったのです。今までの技術は通じず、とまどいながらも師匠と行動を共にし、その背中を見る毎日。プライドを背負って挑んだ修行の中で“できる”という自信から“できない” “わからない”と打ちのめされ、悔しさを知りました。20代前半の若くて一番いい時期を左官に捧げて得たもの、それはプライドの再構築。伝統工法の技術は感覚で掴み取りました。
高い技術を背景に、いつまでも色褪せない一枚の壁
藤本さんの「丁寧でキレイな仕事」を見て、設計士や大工さんから依頼が入るようになり、重要文化財の補修なども手掛けるそう。「既製品、化学製品では感じることのできない清々しい空気がある」と、本物の良さ、伝統の奥深さを伝えています。時間をかけることでしか作れない彼の仕事は、あらゆる側面を探求し、心が感じるすべての感情で表現しているよう。『感覚』と『計算』で技術を惜しみなく使い、『時間』と『居心地』で質を問う。それこそ伝統たる所以なのではないでしょうか。纏っていたプライドという鎧を脱ぎ、自分の仕事を手に入れることができたことで人々の暮らしを豊かにしていく……、そんな役目を担っているように感じます。
全身全霊をかけ創り出す風景は、時代という壁を超え、何度朽ち果てようとも、あの頃に再生させ未来へと紡ぎます。藤本さんは今日も左官と向き合い、人々の生活に彩りを添えています。「伝統工法ができる職人のほとんどが60代。技術を覚えることも、壁一枚仕上げることも時間がかかるのが左官の仕事。伝統工法に魅力を感じ、喜びだと思える後継者が現れてほしい」。後世に受け継ぐ伝統ある仕事をする者にとっては、当たり前のことで大切な思い。守り続けていかなければいけないけれど、それも風前の灯火。しかし、師匠の背中を見続けてきた彼が、今度は背中を魅せる番なのです。たった一人の背中を。